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明治43年建築の八千代座は、温泉と商工業で栄えた山鹿の旦那衆がお金を出し合って建てた、廻り舞台や枡席、花道など、江戸時代の歌舞伎小屋の様式を今に伝える芝居小屋です。その設計の中心となったのが、木村亀太郎という人。この人は東京や大阪、熊本など各地の芝居小屋を見てまわり研究し、八千代座を設計したそうです。外から見ると、大屋根の瓦に白い壁がとても美しく堂々としています。中に入ると、豪華なシャンデリアや色鮮やかな天井広告画が目を引きます。
昭和40年代後半になると使われなくなり、取り壊しの危機を迎えたこともある八千代座ですが、その後市民を中心とした復興運動で屋根瓦のふきかえなどの修理・保存がすすめられました。昭和63年には、国の重要文化財にも指定され、平成2年からは「坂東玉三郎舞踊公演」が毎年行われるようになりました。
明治、大正、昭和、平成と四時代にわたり数多くの芸能人たちがここを訪れ、山鹿の文化に彩りを添えてくれました。
「百年に一度」といわれる修理工事を5年がかりで終え、平成13年5月に2回目の「こけら落し」を迎えた八千代座は、大正12年最も華やいだ最盛期の姿に復元され、連日多くの人でにぎわっています。
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